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東京地方裁判所 平成2年(特わ)1894号 判決

本籍

東京都世田谷区松原四丁目三四番

住居

神奈川県川崎市川崎区東田一〇番地一〇 おおとりビル三階

会社役員(元税理士)

伊藤信幸

昭和二二年一月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

出席検察官 立澤正人

出席弁護人 市原敏夫、田堰良三、大谷隼夫、山本隆、鈴木修司

主文

被告人を懲役三年及び罰金一億円に処する。

未決勾留日数中二七〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、税理士資格を持ち、東京都北区王子一丁目一四番一号において伊藤会計事務所を営んで、税理士業務を行うかたわら、営利を目的として継続的に有価証券である株式の売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買を家族名義等で行うなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が八億三三八〇万二一〇一円(別紙1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六三年三月一五日、右事業場所在地を管轄する東京都北区王子三丁目二二番一五号所轄王子税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が三七六七万七四〇〇円で、これに対する所得税額が八四万七五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二七号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四億七七八〇万〇八〇〇円と右申告税額との差額四億七六九五万三三〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書(九通)

一  松尾治樹の検察官に対する平成二年一一月一日付(不同意部分を除く)、同月五日付(不同意部分を除く)、同月六日付、同月九日付各供述調書

一  小林泰輔の検察官に対する平成二年一一月九日付、同月一三日付(三通。本文二丁及び九丁のもの《いずれも不同意部分を除く》と本文五丁のもの《謄本》)各供述調書

一  証人古屋正孝、松尾治樹、小林泰輔、鍵山恒存、森山真利、本名正一、本名八重子、木村ハツ江、古屋光夫、大竹勝之、木村智一、伊藤ふみ、白井光江、伊藤和代、倉持章の当公判廷における各供述

一  第二回公判調書中の証人中塚喜久の供述部分

一  第四回公判調書中の証人上野代和雄の供述部分

一  神作亨、松田博、小林恭、古屋正孝、上野代和雄、中塚喜久、北村慶則、沖津嘉昭、小林和枝、松尾裕子、鍵山恒存、森山真利、本名正一(二通)、本名八重子(四通)、木村ハツ江(八通)の検察官に対する各供述調書(松田博、本名八重子、木村ハツ江以外の供述調書については、いずれも不同意部分を除く)

一  本名八重子、本名正一作成の各上申書

一  検察事務官作成の平成三年六月二五日付、同年八月二〇日付(四通)各捜査報告書、平成四年二月二〇日付報告書

一  大蔵事務官作成の有価証券売買益調査書(不同意部分を除く)、取引回数計算調査書、支払利息(雑所得)調査書(不同意部分を除く)、雑費(雑所得)調査書(不同意部分を除く)、領置てん末書

一  大蔵事務官作成の検査てん末書抄本(三通)

一  大蔵事務官作成の査察官報告書

一  押収してある昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(平成三年押第二七号の5)、同年分の所得税青色申告決算書(一般用・不動産所得用)一袋(同押号の6)、同年分の支払調書等一袋(同押号の7)、マンション売買契約書写一袋(同押号の11)、不動産売買契約書(写)等一袋(同押号の12)、金銭消費貸借契約証書三通(同押号の13、14、15)、確認書(写)一枚(同押号の16)、残高確認書(写)一枚(同押号の17)、メモ書のある封筒一枚(同押号の18)、「書きなおし」と題する書面一枚(同押号の19)、「小林泰輔の精算」と題する書面一枚(同押号の20)、「伊三郎の精算」と題する書面一枚(同押号の21)、「証券買付報告書」と題する書面二枚(同押号の22)、「本名八重子精算書」と題する書面一枚(同押号の23)、土地建物売買契約書(売主被告人、買主本名八重子)一通(同押号の24)、メモ書一袋(同押号の28)、精算書の写等一袋(同押号の29)、飛島建設が記入されたメモ書一袋(同押号の30)、売買報告書等一袋(同押号の31)、木村ハツ江名義の済総合口座通帳一冊(同押号の32)、通知書一綴(同押号の33)、ノート一冊(同押号の34)、送金通知書等一袋(同押号の35)、手帳二袋(同押号の36、37)、メモ書一枚(同押号の38)、メモ書(一枚)一袋(同押号の39)、伊藤ふみ株書類と題する封筒一通(便箋二枚入り)(同押号の40)、メモ書二枚(同押号の41)、マンション一時賃貸借契約書写等(同押号の42)

一  事実関係と題する書面(平成二年東地領第四四六四号符一三〇―二号)、メモ五枚(平成二年東地領第四四六四号符一三〇―三号)、弁護士からの指示と題する書面(平成二年東地領第四四六四号符一三〇―四号)、田堰弁護士殿と題する書面(平成二年東地領第四四六四号符一三〇―五号)

(事実認定の理由)

〔争点〕

検察官は、昭和六一年から翌六二年にかけて行われた被告人の親族名義で行われている飛島建設株等の株式取引は被告人自身の取引であり(もっとも右親族名義による株式取引全てが、被告人の取引であると主張しているわけではないことは、後記のとおり。)、右取引により昭和六二年中に生じた所得は被告人に帰属するものであると主張し、被告人及び弁護人は、それら親族名義の株式取引は各名義人の取引であって、それら株式取引による所得は各名義人に帰属するのであるから、被告人は脱税を行っていない旨主張する。そこで、本事件での争点は、親族名義の株式取引が被告人の取引であって、それら取引による所得が被告人に帰属するものであるか否かにあるので、この点について判断する。

〔裁判所の判断〕

第一飛島建設株の取引の帰属について

検察官の主張によれば、親族名義による複数の銘柄の株取引が被告人の取引であるとされているが、ここではまず、親族名義による株式取引の最初のものであり、かつ売却益が最も多額に上っている飛島建設株(以下「飛島株」という。」の取引について、その帰属を検討する(なお、親族名義の飛島株の取引でも、検察官の主張では被告人に帰属するものとはされていない取引もあるが、検討のため、それらも含めて以下関係事実を認定する。)。

そこで、前掲各証拠及び取調べ済の関係各証拠によれば、以下の事実関係が認められる。

一 被告人、親族名義の飛島株売買の状況

被告人は、小林泰輔とともに理化学用ガラス器具の製造販売業を営む小倉硝子工業株式会社(以下「小倉硝子工業」という。)を共同経営していたが、その取引先銀行である三井信託銀行渋谷支店の銀行員松尾治樹から、仕手筋が買い占めに入るため、飛島株の株価の値上りが間違いないとの情報を得て、右情報を被告人の実父である伊藤伊三郎(以下「伊三郎」という。)にも提供した。

その後、被告人、親族名義により、次のとおり飛島株の売買取引がなされた(以下、日付は約定日を指し、売買金額については千の位以下を切り捨て、購入代金額には証券会社の手数料を含み、売却代金額には証券会社の手数料及び有価証券取引税を含むものである。)。

被告人名義では、他の親族名義の株購入に先行して、まず昭和六一年四月八、九日に二万六〇〇〇株が一〇三九万円で購入された後、引き続き同月二四日に一〇万株を五三三九万円で、同月二八日に七万三〇〇〇株を四四三五万円で、合計一九万九〇〇〇株が購入され、同六二年三月二日に右購入株全部が二億五八三六万円で売却されている。

伊三郎名義では、昭和六一年四月二一日に一〇万株、同月二四日に九万九〇〇〇株の合計一九万九〇〇〇株が購入されたが、同年八月八日に四万三〇〇〇株が、同月二九日に五万七〇〇〇株が、同年一一月一九日に四万九〇〇〇株が、同月二五日には二万株が、同年一二月二日に三万株がそれぞれ売却され、同六一年中購入に係る飛島株合計一九万九〇〇〇株が同六一年中に全て売却されたが、さらに翌同六二年になると、また購入が始められ、同年一月二七日に二万七〇〇〇株を二四四四万円で、同月三〇日に七万三〇〇〇株を七四八六万円で、合計一〇万株が購入され、新たに購入された株全部が同年三月五日に一億三三六八万円で売却されている。

伊藤ふみ(以下「ふみ」という。)名義では、昭和六一年四月二四日に一五万株、二八日に四万九〇〇〇株の合計一九万九〇〇〇株が購入され、同年一二月一八日に同六一年中購入に係る飛島株合計一九万九〇〇〇株が全て売却されたが、さらに翌同六二年になると、また購入が始められ、同年一月八日に一〇万株が九四三六万円で、同月二三日に九万九〇〇〇株が八八二四万円で、合計一九万九〇〇〇株が購入され、新たに購入された株全部が同年三月五日に二億六六八七万円で売却されている。

伊藤和代(以下「和代」という。)名義では、昭和六一年四月二二日に一九万九〇〇〇株が七九六七万円で購入され、同年一二月二四日にそのうち五万株が四二九五万円で売却されたが、さらに翌同六二年二月九日に三万株が三一一三万円で買い増され、同年三月二日に一四万九〇〇〇株が一億九一九一万円で、同月九日に三万株が四〇二八万円でそれぞれ売却されている。

本名八重子(以下「八重子」という。)名義では、昭和六一年四月二八日に一二万六〇〇〇株が七六四九万円で、同年五月七日に七万三〇〇〇株が五五五一万円で、合計一九万九〇〇〇株が購入され、同年一二月二四日にそのうち七万三〇〇〇株が六二七八万円で売却され、残りの一二万六〇〇〇株が同六二年三月三日に一億六二二五万円で売却されている。

白井光江(以下「光江」という。)名義では、昭和六一年四月二八日に一九万九〇〇〇株が一億二〇七三万円で購入され、同六二年三月三日に一九万九〇〇〇株全部が二億五六三九万円で売却されている。

木村ハツ江(以下「ハツ江」という。)名義では、昭和六一年四月二八日に一〇万株が六〇七三万円で、同年五月七日に九万九〇〇〇株が七二五六万円で合計一九万九〇〇〇株が購入され、同六二年三月三日に一九万九〇〇〇株全部が二億五六三九万円で売却されている。

これら飛島株取引の中で検察官が被告人に帰属する取引であると主張するのは、昭和六二年中に売却された株取引であり、具体的には、被告人名義の取引、並びに和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月に売却された株取引、さらに伊三郎、ふみ、和代名義で昭和六二年一、二月に購入され、同年三月に売却された株取引である。

このうち、被告人名義の取引が被告人に帰属することについては争いはない。そこで、その他の取引についてその帰属の検討を進める。

二 和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月売却された飛島株取引について

1 被告人及び名義人となっている親族の飛島株取引当時の資力、株取引の経験等

被告人は、税理士業務を行うかたわら、小倉硝子工業の外、不動産取引業の株式会社アーバンルネッサンス、飲食店経営等の株式会社コスモファイブ(商号変更前は株式会社でっち亭)、金融業の株式会社協和ファクター、下着販売業のソシアルパリエなどの会社を経営して幅広く事業活動を行っていたが、株取引の経験は本件飛島株の取引を行うまでなかった。

伊三郎は、被告人の実父で、食品会社勤務や香辛料卸の自営業をしていたが、その後は所有のアパート経営で生活し、一方、都内等に不動産を所有し、株取引については約三〇年来の経験を有していたが、昭和六二年八月癌のため死亡している。

ふみは、被告人の実母で、夫伊三郎の所有のアパート管理会社の役員に就き、月二〇万円ほどの報酬を得ていたが、本件飛島株の取引名義人となった当時さしたる資産は持たず、それまで株取引の経験もなかった。

和代は、被告人の妻で、被告人の経営する会社の役員に就いていたが、本件飛島株の取引名義人となった当時さしたる資産は持たず、それまで株取引の経験はなかった。

八重子は、被告人の実姉で、銀行員である夫正一と二人の子供と生活する専業主婦であり、本件飛島株の取引名義人となった当時自らの固有の資産は持たず、それまで株取引の経験はなく、夫は香港で海外勤務中であった。

光江は、被告人の実妹で、夫とは別居して賃貸アパートに子供三人と暮らしており、被告人の会計事務所に勤務するかたわら、被告人の経営するコスモファイブの代表取締役となっていたが、昭和六一年本件飛島株の取引名義人となった当時特段の資産は持たず、それまで株取引の経験はなかった。

ハツ江は、被告人の妻和代の母で、居酒屋等を営む会社を経営する夫智一と生活するとともに、化粧品のセールスをして収入を得ていたが、本件飛島株の取引名義人となった当時さしたる資産を持たず、株取引の経験はなかった。なお、智一は、長年の株取引の経験がある。

2 株式購入資金

被告人名義の飛島株購入資金は、最初の昭和六一年四月八、九日購入の二万六〇〇〇株については伊三郎からの借入金で賄われた。その後被告人は、証券金融会社である株式会社ライフ(以下「ライフ」という。)におけるいわゆる五倍融資の制度(保証金として預けた金額の五倍まで株式購入資金として融資が受けられる制度)を利用し、アーバンルネッサンス及び小倉硝子工業が事業資金として信用組合やローン会社から融資を受けた資金の中から、自ら九一二〇万円を借り受け、それをライフに保証金として入れた五倍融資枠から融資を受け、同月二四、二八日購入の一七万三〇〇〇株の飛鳥株の購入資金に当てた。

伊三郎名義の昭和六一年四月中に購入された一九万九〇〇〇株の購入資金は、伊三郎名義でライフに設けられた五倍融資枠からの融資金をもって当てられた。

ふみ名義の昭和六一年四月中に購入された一九万九〇〇〇株の購入資金は、右伊三郎の五倍融資枠からの融資金をもって当てられた。

和代名義の昭和六一年四月購入の一九万九〇〇〇株及び光江名義の同年四月購入の一九万九〇〇〇株、ハツ江名義の昭和六一年四月、五月購入の一九万九〇〇〇株の各購入資金は、前記被告人のライフにおける五倍融資枠からの融資金をもって当てられた。

八重子名義の昭和六一年四月購入の一二万六〇〇〇株の購入資金は、被告人と小倉硝子工業を共同経営する小林泰輔がライフの五倍融資を利用して融資を受けた資金から借り受けたものが当てられている。その間の経緯は、次のとおりである。すなわち、被告人と小林は、松尾から飛島建設株の値上がり情報を得て、共にライフの五倍融資制度を利用して非課税取引枠限度内一杯まで飛島株を購入することとしたが、被告人の方が先にライフへの保証金の手当てができたため、その五倍融資枠を使って飛島株を購入することとしたが、被告人の融資枠にはまだ余裕があったため、その余裕分を利用して小林に、その妻の小林和枝名義で飛島株を購入する資金を融通した。その後まもなく、小倉硝子工業が融資を受けた事業資金の一部を借り受けることによって、小林自身のライフへの保証金も調達でき、小林のライフにおける五倍融資枠が設けられたので、その小林の融資枠の一部をいわば先の見返りとして被告人が融通を受け、それが八重子名義の飛島株購入資金に利用されたものである。

八重子名義の昭和六一年五月購入の七万三〇〇〇株の購入資金は、伊三郎名義のライフにおける五倍融資枠からの融資金によって賄われている。

3 証券会社による株取引口座開設手続き及び株の購入・売却手続き

和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四月、五月に購入された飛島建設株は、第一証券池袋支店で購入されているのであるが、被告人が同支店における株式取引口座開設のための手続を行い、それら購入のための買い注文も被告人が行っている。そして、それら株の売却についても、売り時の判断や売りの注文を被告人が行っており(ただ、八重子名義の株の売却については、被告人から小林に手続を依頼している。)右の親族らが自らの判断で被告人に指図をした形跡はない。また、売買成立後証券会社から各名義人宛てに送付された売買報告書は、被告人が各名義人から交付を受けて保管していた。

4 株式売却益の流れ、使途

伊三郎名義で昭和六一年四月に同人のライフの五倍融資枠を使って購入された一九万九〇〇〇株全部が、同年八月及び一一月から一二月にかけて売却され、ふみ名義で同年四月に伊三郎のライフの五倍融資枠を使って購入された一九万九〇〇〇株全部が、同年一二月に売却され、八重子名義で同年五月に伊三郎のライフの五倍融資枠を使って購入された七万三〇〇〇株が、同年一二月に売却され、和代名義で同年四月に被告人のライフの五倍融資枠を使って購入された一九万九〇〇〇株のうち五万株が、同年一二月に売却されている(これら、昭和六一年中に売却された株の売却益は、本件起訴の対象に含まれておらず、検察官によって積極的に被告人に帰属するとも主張されていない。)。そして、これら株の売却益は小倉硝子工業の資金として使われるなどしている。

右以外の和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四月、五月に購入された飛島建設株は、翌六二年三月上旬全て売却されているが、それら飛島建設株の売却代金はライフから被告人の銀行口座に入り、被告人が各親族名義の取引に要したライフからの借入金及び借入利息を計算して控除するなどの精算手続をとって、売却益とされるものが被告人によって、和代以外の八重子、光江、ハツ江の各名義人の銀行口座に振り込まれた。しかし、振り込み後三日以内には、それら売却益がいずれもほぼ全額、右の八重子に、光江、ハツ江の各名義人の銀行口座からの被告人の経営するコスモファイブの銀行口座に送金され振り込まれている。そして、コスモファイブの銀行口座に入金された売却益は、入金の直後からさらに被告人が経営する各会社への貸付けとされ、小倉硝子工業の借入金の返済に当てられたり、ソシアルパリエの買掛金の支払いに当てられたり、被告人用の住宅の建築費に当てられたりしたほか、被告人名義で先に購入していた東洋リノリューム株等の現物品受資金とされたり、東洋電機製造株購入の資金などに使われた。また、和代名義の取引による売却益については、和代の銀行口座に振り込まれることはなく、被告人により前同様の精算手続がとられて、被告人個人の口座に留保された。被告人名義で昭和六一年四月に購入された飛島株一九万九〇〇〇株についても、他の親族名義の飛島株と同様、昭和六二年三月に売却されているが、その売却益も、被告人の経営する会社の資金等として使われている。

三 昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引について

1 株取引口座の開設手続、売買注文等

昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島建設株の取引は、第一証券池袋支店とは別にコスモ証券池袋支店で行われているが、その株取引口座開設の手続や買付け、売付けの注文は、すべて被告人が行っている。ところで、先に昭和六一年四月に購入され同年一二月に売却された、ライフの伊三郎の融資枠を使った伊三郎、ふみ各名義の第一証券池袋支店での飛島株取引は、伊三郎が口座開設手続をし、売買注文をしていたのであるが、年が明けた右昭和六二年の取引では伊三郎が何ら手続をせず、右のように被告人が行っているのである。また、同六二年二月購入、同年三月売却にかかる和代名義の飛島株取引は、新たに日興証券銀座支店で行われているが、この口座開設手続は和代によってなされておらず、売却の手続も和代ではなく被告人が行っている。

2 株購入資金の調達

昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引のうち伊三郎及びふみ名義の株購入資金は、いずれもライフの伊三郎の五倍融資枠から調達されたものである。ところで、伊三郎は、昭和六一年四月にライフの五倍融資枠を利用して飛島株を購入して以来その値動きには敏感になっており、被告人から値上がりは間違いないと聞かされたのに株価が急上昇する気配がないことにいらだち、同年八月には自己名義の飛島株の一部を売却し、同年一〇月に株価が五〇〇円をつけたころには、もうちょっと下がったら保証金を入れなければならないと不安な心情を漏らし、被告人から松尾からの情報によるとこれから株価は一五〇〇円位までいくと教えられても、それを信じられず、ついには同年一一月から一二月にかけて、自己名義の飛島株全部を売却してしまっている。また、ライフの伊三郎の融資枠を使って昭和六一年中に購入されたふみ名義、被告人の知人である石幡寛子名義、株式会社でっち亭名義の飛島株も、同じく同年一二月中に全て売却されている。それにもかかわらず、翌六二年一月になると、ライフの伊三郎の融資枠を利用して、ふみ名義で飛島建設株一九万九〇〇〇株が、しかも前年一二月にふみ名義のが売却されてからはほぼ一か月しか経っておらず、株価も売却したときより更に下がりつつあったのに購入され、続けて伊三郎名義でも新らしく一〇万株購入されているのである。こうした伊三郎のライフの融資枠が使われた飛島株の取引状況をみると、伊三郎は、被告人がもたらす情報に不安を抱き、ライフの融資枠を利用した自身の取引は、相応の利益を得て昭和六一年一二月で終わりにしようとした(伊三郎は昭和六一年中の自身名義の取引で、四〇〇〇万円以上の利益を得ている。)ものと考えられ、昭和六二年に入ってからの伊三郎のライフの融資枠を使っての飛島株の購入は、伊三郎によって自らの利益を得る意図で行われたものではなく、ただその融資枠が他人に利用されたに過ぎないと考えるのが相当である。そして、和代名義の昭和六二年二月の飛島株の購入については、被告人が伊三郎から手持ち資金を借り入れてその購入資金に当てていることや、前記のとおり被告人が売買取引に関して一切の手続を取っていたことを併せ考えると、被告人が、伊三郎のライフの融資枠を利用し、伊三郎はその利用することを容認したものと認められる。

3 株売却益の流れ、使途

昭和六二年一、二月購入の伊三郎、ふみ、和代名義の飛島株は、前年購入分の株売却と同時期の同年三月に売却されて売却益が生じ、被告人が精算手続を行い、伊三郎、ふみ名義の売却益は、コスモファイブの銀行口座を経るなどして、被告人の経営する会社への貸付金として使われている。和代名義の売却益についても、昭和六一年四月購入分の売却益と同様に扱われている。

四 判断

以上認定される事実関係から判断すると、和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月売却された飛島株の取引、並びに昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引については、名義人となっている親族と被告人の関係、株購入資金の調達方法、株購入・売却の実行方法、株売却益の受領及び使途の状況などからすると、株取引名義は各親族となっているものの、いずれも実質は被告人の取引であると推認されるといわねばならない。

ところで被告人は、右推認に反して、親族名義の株購入の資金は、被告人あるいは伊三郎がライフの融資枠で融資を受けた資金が、各名義人に転貸されたものである、株売却益は各親族から被告人が借り受けて、会社等のために使ったものであるなどと主張するので、被告人のそうした主張の成否について更に検討する。

五 被告人及び弁護人らの主張についての検討

被告人及び弁護人は以下列挙のような主張をし、被告人及び株取引の名義人となっている親族らはそれに沿う供述を公判廷等でしているので、その当否について検討する。

1 親族らは伊三郎から、「一生に一度のチャンスであるから皆で儲け、不動産を買って将来安定収入を得よう。」「飛島株は内需関連株として注目され、値上がりする株である。」「株は長く持っていれば損をすることはない。」「仮に失敗したとしても俺の財産が三億円あるから心配ない」などと、強く勧められて飛島株を購入する決意をしたものである旨の主張について

飛島株が値上がり間違いなしとの情報は、被告人が得てきたものであり、しかもその情報は、ある特定の株が特に値上がりするという特別な情報であって、その情報が信頼できるかどうかは被告人が一番判断できることであり、それを間接的に聞いたに過ぎない伊三郎が、一生に一度のチャンスであるというようにあたかもその情報が絶対信用できるように語ったというのも不自然であるし(現に、伊三郎はその後被告人の情報を信頼できなくなっているし、株を長年やっている木村智一も、その情報を聞いても直ちに飛島株を購入していない。)、また、もし一生に一度のチャンスであるとして購入を勧めたとしたら、非常な値上がりのする特別な株であるとして多額の投資をすることを勧めたものと解されるが、そうであるなら、他方で、内需関連株であるとか株は売らなければ損はしないといった株についての一般論を話したとか、失敗しても俺の財産があるとして勧めた(伊三郎の財産で失敗による損失を補わなければならないほどの投資を、どうして勧める必要があるのかも疑問である。)というのも、辻褄が合わず、伊三郎が株を勧めたという話しの内容には相矛盾し不自然なものがあって、その話はにわかに信用し難い。そうすると、伊三郎が親族らに株購入を勧め、それによって親族らが決意したというのも、直ちに信用することはできないといわねばならない。

2 親族らの株購入の動機として、不動産購入のためあるいは老後に備えるためであったとの主張について

先に見たように、親族らは株売却益が出ても、それを不動産購入のため留保しておくこともしていないのであり、また老後のためということも、果たして名義人となっている親族全員、例えば八重子やハツ江について、そのように老後に備えるため株で大金を設ける必要があったのか、疑問であることからすると、親族らに不動産購入のためや老後に備えるためという動機が存在したか疑問である。そして、後述するように、一部親族において、税務当局からの事情聴取に備えておくよう被告人に言われて、メモに自分の意思で買ったとか自分の取引であるとか記載しているが、もし右のような動機があり自発的に購入したというのなら、わざわざメモに自分の意思で買ったとか欲しくて買ったとかの記述をする必要はないはずであり、そのような記述をしているということは、逆に、右親族らに株購入の動機もその意思も無かったのに、あえてそれが有ったことを主張するためではなかったかと窺われるのである。

3 親族らは、ライフが女性には融資しないとの姿勢をとっていたことから、株購入資金をライフから融資を受けられず、そのため被告人あるいは伊三郎から転貸して貰ったものであり、その転貸に関する金銭消費貸借契約証書も存在する旨の主張について

女性である親族らは、ライフから融資を受けるに必要な保証金(飛島建設株一九万九〇〇〇株を購入するに必要な融資を受けようとすれば、二〇〇〇万円前後は必要にんなる。)を、到底自らの資産等から準備できる状況にはなかったのであるから、そもそも右親族ら自身が保証金を積んでライフから融資を受けようとの意思を起こし得たか疑問であって、ライフから女性だから融資を受けられなかったので、被告人や伊三郎から転貸を受けざるを得なかったというのは、現実に基づかない話の色彩が濃いのである。その上、存在するという転貸の金銭消費貸借契約証書については、親族間の金銭の貸借に契約書を作成するのが異例ではないとしても、同じ親族間の株購入資金や株売却益に関しての金銭の貸借でありながら、契約書を作成したりあるいは作成しなかったりで甚だ一貫せず(被告人は、貸借関係が明確であったからとか十分清算が可能であったから作成しなかったと弁解するが、それならそもそも作成する理由が何処にあったのか不明ということになる。)、また、一般的にはわざわざ確定日付まで取る必要があるのか疑問であり、それが、被告人がいうように後に株売却益で不動産を購入したときの原資証明として必要であったというのなら、その不動産購入の直接の原資となる株売却益を貸借する際の契約書にこそ必要であるのに、それについては直ちに確定日付を取らず、大分遅れて取っているのも納得できない。このように、右金銭消費貸借契約証書が作成され確定日付まで取られた納得できるあるいは合理的な理由は、見出し得ないのである。

4 親族名義での株取引による利益については、金銭消費貸借契約証書も作っているように、各親族が自己のものとして獲得した後被告人に貸付けたものである旨の主張について

各親族名義での株売却益が、各名義人の銀行口座等に振り込まれるや、ほとんど日にちを置かずに被告人の銀行口座等に移され、結局被告人経営の会社の用途等に費消されるなどしていることは、前記のとおりであって、その経過は、多額の資金を投じて株取引を行い願い通り多額の利益を得た者が、自ら貸付けを行ったというには余りに不自然である。特に、多額の資金を投じて株取引をする目的が不動産購入の資金の獲得にあったというのなら、その株売買益を手元に留保しておいてよいはずであるのに、全員一様に揃って貸付けをいとも簡単に承諾したというのは解せないことである。そして、その金銭消費貸借契約の内容をみると、貸付期間は約五年とされ、更にその期間は双方に異議がないときは自動的に更新されるとされており、返済期限は有って無いようなものであって、通常の金銭消費貸借契約には見られないものである。さらに、その金銭消費貸借契約内容の履行状況をみると、利息は結局二年間払われず、被告人が本件脱税の嫌疑で国税当局から査察調査を受けた後になってようやく利息の支払いがなされた形になっているのである。また、被告人による借入金の返済については、光江に対しては、平成元年一一月光江が購入した目黒区下目黒所在の雅叙苑マンションの代金を支払うことで、その借入金の弁済に充当されたというのであるが、光江が右マンションを購入したということ自体が、唐突で不自然、不明瞭なところがあり、王子税務署職員の税務調査を考慮して急きょ形式が整えられたと疑われる事情があって、いまだ光江が真に購入意思を持っていたのか疑わしいといえるのであり、しかも、右マンションにはその購入資金融資元の抵当権が設定されており、被告人によりその融資元に対するローンが確実に支払われない以上、光江は完全にマンションの所有権を取得することはなく、実質的には光江に対する弁済がなされたといまだみられないのである。ふみ、和代、八重子、ハツ江に対しては、平成二年二月札幌市中央区所在のマンションカテリーナ札幌一棟を譲渡したことによって、各借入金を弁済したというのであるが(書類上では、一たん金銭で借入金が返済され、その返済された金額で各親族がマンションを被告人から譲り受けたことになっている。)、右マンションをもって弁済に当てたというその経過には、唐突で不自然なところがあり、右親族らが真に弁済を受ける意思をもって右マンションの譲渡を受けたといえるかは疑わしく、しかも右マンションには、被告人が同マンション購入のため借りた債務について四億二〇〇〇万円の抵当権が設定されており、被告人が右債務を弁済しない以上親族らは同マンションを完全に取得し得ず、実質的にはいまだ親族らへの弁済がすんだとはいえない状態にある。

右に検討したとおり、被告人が、飛島株の取引は親族の取引であり、その取引益も親族に帰属していることを裏付けあるいはその根拠となる事由として主張するところは、それぞれ容易に信用できるものではなく、受け容れることができない。そして、飛島株の取引が親族の取引であるとの主張を裏付けるものとして被告人が指摘する事由が、信用できないとなると、それらはむしろ、被告人自身の株取引であることを隠蔽し、親族らの株取引であることを装うため作り上げられた事柄であると推認されるのである。そこで、そうした偽装工作の存在が推認されるとなると、さらに被告人の脱税の意思を窺わせる事情がないか検討する。

六 被告人の脱税の意思を窺わせるその他の事情について

脱税の意思を有していたことを窺わせる被告人自身の行動として、次のようなものが認められる。

1 被告人は、松尾、小林に飛島株を、同人らの非課税限度枠以外にも妻あるいは親族等の名義でも購入するよう盛んに勧めた上、名義借り取引として課税の対象となることを心配する同人らに対し、名義人となる者が株購入資金を借りたとする契約書を作り、株売却益は本人名義の口座とは別に名義人の口座を設けて区別しておけば税務署もそれら名義人の株取引と認めざるを得ないなどと、形式を整えれば課税を免れ得るものと理解されるような説明をし、同人らを安心させている。しかし、平成元年一二月に自身が査察調査を受けると、被告人は、松尾、小林に電話をし、脱税の方法を教えたわけでないことを殊更強調し、国税局への対応などについて話しているのである。

2 株売却益に関する和代以外の各親族と被告人間の金銭消費貸借契約証書について、王子税務職員が昭和六二年一二月被告人に対し調査を行う直前に、確定日付が取られ、同じ和代と被告人間の契約証書については、松尾が勤務する銀行支店次長に対し株式売却益の脱税容疑で査察調査が行われた旨の新聞記事が出た直後に、確定日付が取られ、また、右新聞記事が出て間もなく、被告人が伊三郎から相続した土地建物に、ふみから株売却益を被告人へ貸付けたことを原因とする抵当権設定の仮登記がなされたりしている。さらに、平成元年一一月初め王子税務署員から臨時調査について連絡を受けると、株売却益を借りていた各親族との間の債務残高確認書が作成され、確定日付が取られた上各親族に渡されている。このように、確定日付の取得や書類の作成等が税務署による調査に合わせたように重ねて行われているのは、意図的なものであって、有利な事情を作り出さんがために行われたものと推測される。

3 平成元年六月王子税務署から第一証券池袋支店に対し、被告人、和代、伊三郎、ふみ等の有価証券取引状況について照会があったことを知ると、わざわざその回答には被告人、伊三郎以外の者の分は落とすよう依頼し、その旨右支店から回答させている。

4 平成元年一一月王子税務署が被告人の株取引について調査していることを知ると、被告人は各親族に対して、昭和六二年三月に終了している飛島建設株の取引に関する精算書や売買報告書を渡すとともに、今後の税務調査の際飛島建設株の取引について聞かれるであろう内容を話し、よく覚えておくよう指示しているのであるが、その親族らに話した内容には、自分が株が欲しかったという趣旨の、親族らが自らの意思で株を購入したのであるならば当然覚えていると思われる内心の事柄に関する内容も含まれており、さらに、被告人から詳しいメモを渡されその内容を一生懸命記憶しようと努めたと認められる親族もおり、これらは被告人が税務当局の調査に備えて工作したことを窺わせる。

七 結論

以上検討したところから、昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月売却された和代、八重子、光江、ハツ江各名義の飛島株の取引、及び昭和六二年一、二月購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引は、いずれも被告人の取引であると認定される。したがって、それら各取引による株売却益の所得は、被告人に帰属すると認められる。

第二その他の株式取引の帰属について

検察官が、飛島株取引以外に被告人の取引であると主張する親族名義の株取引は、東洋リノリューム、東洋電機製造、堺化学工業、永谷園本舗、NTTの各株取引である(なお、これら株のうちには昭和六二年中に売却されておらず損益が出ていないものがあり、永谷園本舗株の全部、NTT株の全部、東洋電機製造株の一部がそれであるが、これら株の取引も課税要件の有無の判断対象になっているので、ここで取り上げる。)

そこで前掲各証拠及び取調べ済の関係各証拠によれば、次のような事情が認められる。

東洋リノリューム株は、和代名義で、昭和六一年八、九月に八万九〇〇〇株、同六二年三月に一万一〇〇〇株、合計一〇万株が購入され、同年六月及び一〇、一一月にそれら一〇万株が売却されているが、被告人名義でも、和代と同じく昭和六一年八、九月に六万株、同六二年三月に五万株が購入され、さらに同年五月に五万株が購入されて、計一六万株が購入され、同年一二月にその一六万株が売却されており、この東洋リノリューム株は、被告人が松尾から株価が上がるらしいとの情報を得て購入されたものであって、和代名義での購入は、前認定のように被告人がすでに親族名義を利用しての飛島株の購入を行った後に行われていることからすれば、和代名義での東洋リノリューム株の取引は、被告人の取引と認められる。なるほど、和代名義での最初の八万九〇〇〇株の購入については、ライフの伊三郎の枠が使用されているが、和代名義で東洋リノリューム株が購入され始めた昭和六一年八月末ころには、伊三郎は、飛島株に関する被告人の情報が信用できなくなって同株を売り始めていたところであり、同人自身は東洋リノリューム株を購入していないことからすると、伊三郎はそのライフの枠を被告人が利用するのを許したと認めることができ、右ライフの伊三郎の枠が使用されていることをもって、右和代名義での購入が被告人の取引であると認定するのに妨げとなるものではない(なお、右東洋リノリューム株購入資金について、伊三郎と和代との間に金銭消費貸借契約証書が存在するが、それは、先の飛島株購入資金についての親族間の金銭消費貸借契約証書と同様、仮装のためのものと認められる。)。

東洋電機製造株については、昭和六二年四月に、和代名義、光江名義で各一九万九〇〇〇株、ハツ江名義で六万六〇〇〇株、伊三郎名義で二万二〇〇〇株が購入され、同年七月にふみ名義で八万株購入されており、同年四月から七月にかけてそれら購入された株のうち、和代名義の一一万六〇〇〇株、光江名義の一七万七〇〇〇株、伊三郎名義の二万二〇〇〇株、ふみ名義の八万株が売却されているが、被告人名義でも昭和六二年四月に一九万九〇〇〇株購入され、同年七月にそのうち三万株が売却されており、この東洋電機製造株の取引については被告人自身が情報を得て行われたものであり、前認定のように被告人がすでに親族名義を使っての飛島株の購入・売却を行っていた後に行われていることからすれば、親族名義での取引は被告人の取引と認められる(伊三郎名義の取引については、前記のように、伊三郎自身は昭和六一年一二月の飛島株の全部の売却により、被告人からの情報による株取引についてはすでに手を出すことをやめていたものと認められ、前記のとおり伊三郎のライフでの枠も被告人が利用するに任せていたものと認められる。)。

堺化学工業株については、昭和六二年八月にふみ名義で二万株購入され、同年一〇月それが売却されているが、被告人名義でも同年七月から一一月にかけて売買されており、このふみ名義の取引が、飛島株の取引について親族名義を利用した後に行われていることからすれば、ふみ名義の堺化学工業株の取引も被告人の取引と認められる。

永谷園本舗株については、昭和六二年六月に和代名義で二万株が購入され、NTT株については、同年一一月に和代名義で一株が購入されているが(いずれも昭和六二年中には売却されておらず、したがって同年の株取引による売買益の計算には関係して来ない。)、いずれもすでに飛島株の取引について親族名義を利用している後に行われ、親族名義での他の東洋リノリューム株や東洋電機製造株の売買と同時期に行われ、しかもそれらの購入資金は被告人が用立て、購入手続も被告人が行っていることからして、右永谷園本舗株及びNTT株の取引は、いずれも被告人の取引と認められる。

右のとおり、飛島株以外の親族名義の前記株式の取引は、被告人自身の取引と認められる。

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用した上、懲役刑及び罰金刑を併科し、その所定の刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役三年及び罰金一億円に処することとし、刑法二一条を適用して未決勾留日数中二七〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人の負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、税理士である被告人が親族名義を用いて株式売買により得た多額の利益を秘匿して所得税を免れたという事案である。その脱税額は単年度ながら約四億八〇〇〇万円と巨額であり、ほ脱率も約九九・八パーセントと非常に高率である。そして、被告人は、取引先の銀行員から株価値上がりの情報を得ると、多数の株取引を行って一挙に多額の利益を得、それについての課税を免れることを計画し、それぞれ親族名義を使って非課税限度枠一杯で株取引を行いながら、親族との金銭消費貸借契約書を作成したり、株売却益を一たん親族の銀行口座に振り込むなどして、あたかも名義人である親族の取引であるかのように、あれこれ仮装行為を行い、さらには、税務調査に備えて、株売却益を各親族から借り入れたかのように見せかけた金銭消費貸借契約証書を作成し、その上確定日付まで取ったり、各親族にマンションを譲渡した形をとって右借入金を返済したかのように装うなど、脱税隠蔽工作を行い、国税局の査察を受けてからも、親族の取引であると主張をするための関係者への働きかけを行っており、脱税の手段・方法及びその隠蔽工作などは、誠に悪質である。

被告人は、税理士の身分を有しながら、その税理士としての知識・経験を悪用して本件脱税及びその仮装行為や隠蔽工作を行ったものであり、強く避難されなければならない。それにもかかわらず、被告人は犯行を否認し、不自然、不合理な弁解に終始し、修正申告もせず脱税分についての納税もしていない。

右のような事情からして、本件は稀に見る悪質な脱税事犯であって、被告人の責任は相当に重いといえる。そうすると、本件を犯したことにより今後とも税理士活動がなしえなくなったこと、多額の負債を抱えて事業も立ち行かなくなっていること、その他家庭の状況など被告人のために酌むべき事情を考慮しても、主文の刑に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役三年及び罰金一億六〇〇〇万円)

平成五年六月一日

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 伊藤正髙 裁判官渡邉英敬は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 松浦繁)

別紙1 修正損益計算書

伊藤信幸

自 昭和62年1月1日

至 昭和62年12月31日

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

伊藤信幸

昭和62年分

〈省略〉

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